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亜鉛鉄板 – トタン

1912年に「屋上制限令」

明治時代の庶民の住宅は、屋根は草葺きか茅葺で、壁は板張りというのが普通でした。

 

少しグレードが上がると、屋根は瓦葺きで、外壁は木舞壁(こまいかべ)といわれる土壁になり、最終的には漆喰を

 

塗って仕上げられました。

 

板張りの家は火に対しては非常にもろく、自宅でなくとも近隣で火事が発生すると類焼を免れることは難しいもので

 

した。

 

ところが大正時代に入ると1912年に「屋上制限令」という法律が施工されます。

 

これは鉄道の線路網が全国に広がるにつれ、蒸気機関車の噴出す火の粉が飛んで、沿線住宅の火災が増えてき

 

ます。それを防止するための法律でした。内容は線路から両幅200メートル以内にある建物の屋根はすべて、瓦や

 

金属などの不燃性の材料で葺かなければならないというものでした。

 

あわてた庶民は草葺きや板葺きの屋根を不燃性のものに改造するために、亜鉛鉄板の需要が一気に増えました。

 

亜鉛鉄板とは亜鉛めっき鋼板のことで、俗にトタン板と呼ばれているものです。

 

また似たような素材でブリキがありますが、錆びやすく耐久性も乏しいため、普及しませんでした。

 

1923年(大正12年)の9月1日に起きた関東大震災は大災害でしたが、激しい揺れのなかでもトタンは軽量で耐久性

 

と防火性に優れており、瓦のように上から落下して人を傷つける危険がないことが実証されました。

 

そのため、その後の復興用としてもトタンは爆発的な需要を喚起したのです。